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最近の円安を考える (2022年5月版)

市場には、常に懸念材料が存在する。まん延防止措置解除後も、ロシアによるウクライナ侵攻の行方と、インフレ傾向にある米国の金利上昇を不安視し、日経平均株価の方向感は定まらない。そして、現在は為替相場にも注意を払わなければならない。

 

昨年前半、均衡していた円相場は、後半から緩やかな円安に推移し始め、今年に入り風雲急を告げ、4月に1ドル=130円台と約20年ぶりの安値水準を記録した。1か月間での10円以上の下落は、極めて稀で、原油などコモディティ価格急騰と同時発生することは、1970年代のオイルショック以来となる。

 

元々1ドル=125円は、市場参加者が意識する水準であった。2015年に黒田日銀総裁の国会答弁により反転した記憶から、日銀が許容する円安水準のイメージが市場には存在した。今回の急速な円安の背景には、米欧のインフレ懸念と金融引締めの動きが鮮明となるなか、日銀の政策だけが取り残されることが、円安を助長したと捉えられている。主要中央銀行のなかで、日銀のみが政策の維持を続けており、内外金利差の拡大が、円安圧力を生じさせている。今後も米国の金利引き上げは確実視されており、日銀による長期金利上昇を抑える指値オペの実施は、市場でサプライズとして受け止められるとともに、円安や物価上昇の容認とみなされかねない。

 

急速な円安に対し、日本経済にプラスとの発言を繰り返した黒田総裁も、従来の見解を修正し懸念を示しはじめている。企業には原材料価格の高騰、個人にはガソリン、食品などの値上げと、輸入物価を押し上げる円安の進展に対して警戒感が強まるのは当然である。政府も、物価高対策を取りまとめたが、引き続き円安に対する警戒を続けている。

 

今回の円安に対する懸念は、円相場がすでに実質的には歴史的低水準にあることである。名目ドル円相場は2002年と同水準だが、実質実効為替レート(主要通貨に対する値動きを各国の貿易量で加重平均した円相場)では、1972年以来50年ぶりの円安水準にある。日本の実質実効為替レートは、変動相場制へ移行以降後は上昇基調を続け、90 年代半ば以降に下落基調に転じた。同様に日本の世界に占めるGDPシェア、財・サービス輸出シェアも90 年代前半をピークに低下した。これは、円の実質実効為替レートの下落は、国際競争力の低下を反映したものである可能性を示唆している。そして、今後も成長国の恩恵を受ける資源国通貨のような特性のない日本円や英ポンドなどは、世界経済の中での存在感の低下とともに、下落傾向が続くとも考えられる。

 

また同時に原油や小麦に代表されるコモディティ価格の上昇は、一時的なものではなく長引く可能性についても排除できない。価格の上昇は、ロシアの侵攻以前から世界的なインフレムードや、ヘッジ目的の投資などで上昇しており、その流れは現在も続いている。日本国内の物価上昇も始まっており、総務省の消費者物価指数は、携帯通話料金引き下げの影響がなくなる4月以降には2%を超えるとみられている。既に国民の中では、購入頻度の高い食料、エネルギーなど必需品の物価高の影響と負担圧力を感じ始めており、悪い円安としての意識は徐々に高まりつつある。

 

日本は、1991年以降30年連続で対外純資産残高世界1位を維持している。2014年~21年(暦年)の平均の第一次所得収支(利子・配当金など対外的な受払いを計上)は、20兆3,749億円と高水準で推移しており、平均の経常収支も16兆8,300億円の黒字を維持している。しかし、貿易黒字は近年大幅に減少し、多くの輸入品に頼る経済構造で、輸入価格の上昇を受けた貿易赤字の拡大と、円安の悪循環に陥るリスクは高まっている。円安のメリットは、対外資産を多く保有する企業と一部の投資家に限られ、日本全体が享受することはないと推察される。放置された場合には、多くの家計への影響が懸念されよう。

 

原油価格の上昇が、物価上昇の要因であることに間違いはない。だが、現状の為替水準や輸出入の構造変化、コロナ後の日本経済を見据え、今後の為替の行方が日本経済にプラスかどうか、改めて議論する時である。

 

(戸谷 慈伸)

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